Work Rules! から何が学べるか

ワーク・ルールズ!―君の生き方とリーダーシップを変える

ワーク・ルールズ!―君の生き方とリーダーシップを変える

Googleが人事評価を統計的に処理して人事制度の刷新をはかっているという話は前々から出ていたのだが、その実態はなかなか表に出て来なかった。「Work Rules!」は、Googleがこれまでに行ってきた人事制度改革を余すことなく開陳した本だ。

人事制度や昇進の基準は、どうしても人が関係する以上、たいへんセンシティブだし、教育問題同様、誰にとっても身近な話なため、なかなか客観的な議論が難しい。

たとえば、私が良い上司とは何なのかについてツィートする時、人事部は私が上司や待遇に不満を持っているのかもしれない、と思うかもしれない。いや、もちろん何ら不満がまったくないわけではなかろうが、そこまで強くもっているわけでもない。

私が良い上司の条件に興味を持つのは、出世したいという願望よりむしろ、どのような上司が良い上司なのかわからないのに、上司の良し悪しに文句を付けられるのだろうか、という点にある。あるいは、さすがに私も年齢が年齢なので、上司ではないにしろ、後輩などに仕事を指示しなければならないことも増えてきた。その時、どのように接するのが良いのだろうか。

Work Rules! は比較的優れた本ではある。おそらく同種の本の中では一番良いのではないか。しかしながら、読んだ感想として消化不良を感じてしまうのも事実だ。著者自身も書いているように、Googleの人事制度は確実に以前より良くなっている。しかし、いまだ結論ははっきりしない。

この本で一番はっきりしないと言われているのは業績評価システムだが、良いマネジャーとは何かを研究した Project Oxygen の結論も個人的には微妙である。具体的には、以下のことが挙げられている(番号の小さいものほど重要とのこと)。

  1. 良いコーチであること。
  2. チームに権限を委譲し、マイクロマネジメントをしないこと。
  3. チームのメンバーの成功や満足度に感心や気遣いを示すこと。
  4. 生産性/成果志向であること。
  5. コミュニケーションは円滑に。話を聞き、情報は共有すること。
  6. チームのメンバーのキャリア開発を支援すること。
  7. チームに対して明確な構想/戦略を持つこと。
  8. チームに助言できるだけの重要な技術スキルを持っていること。

この項目を見て、えっ、そんな結果が! と驚く人はいるだろうか。むしろ、凡庸な結論に見えないだろうか。Googleは、管理職などいなくてもいいかもしれないから、とりあえず廃止してみようなどと考えるギークな会社であるから驚いたのかもしれないが、たぶん、普通の会社は驚かない。

そういえば、この本に通底していることではあるが、「Googleでなければできないんじゃない?」と思われることが多々ある。

Googleならば最高な人材を集めることができる。報酬も好きな額支払うことができる。Googleならば、仕事はできるが人間的に問題があるかもしれない管理職を排除すれば良いのかもしれないが、普通の会社は、人間性からもたらされるチームへの負の影響と良好な仕事の結果を天秤にかける必要がある。

Googleならば、良い結果をもたらすために管理職に管理職として役割を専任させることができるが、普通の会社は、管理職は優秀な営業職や優秀なプロジェクトマネージャーの役割を兼務しており、管理職としての立場に専任できない。良いコーチであったとしても、本業がうまく行かなければ、すぐに役職から降ろされてしまう。

いや、むしろ逆なのか。「チームに権限を委譲し、マイクロマネジメントをしないこと」という2番目のルールの重要性を鑑みるに、むしろ管理職を専門職化すべきということを示唆しているのかもしれない。

Googleの知見を普通の企業に持ち込むにはもう一工夫が必要なようにも思う。

話変わって、Googleの労働環境のお話。Googleは「悪をなさない」という社是すら持っていた会社であるから、素晴らしい社員達が素晴らしい環境で素晴らしい仕事をすることが会社の利益に繋がるという理念で社員を扱っている。

しかしながら、世界の企業を見るとこれは必ずしも事実とは異なる。Amazon.comAWS という社会を変えるサービスを生み出し今なお生み出し続けている革新的企業であるが、報道を信じるならば労働者は部品であるという理念を持っているように見受けられる。ブラック労働と言えばワタミすき屋も話題にのぼったが、それらの企業も、労働者は部品のように扱ったが、消費者にとっては安くてそれなりに美味しいというメリットを提供してくれている。

SunやDECは、技術者にとっては住み良い企業だったかもしれないが、消費者にとってはそうでなかったかもしれないし、実際、潰れてしまった。

おそらく、正解はGoogleにはない。むしろ、労働者もしょせんは資源のひとつに過ぎない以上、(社会からの反発を受けない限り)労働者をこき使ってでも消費者に尽くし利益を上げるのが経営者の正しい姿なのであろう。その点でも Google の方法論がどこまで普遍性を持つのか、検討を要するように思う。

以下、余談。一方で企業が労働者を搾取するということは、国家全体にとっては大切な国民の効用を下げるだけでなく、ただでさえ少なくなっていく労働力を摩耗させて使い潰しているわけだから、決して喜ばしいことではない。個々の企業の最適解が全体の生産性を悪化させている。まったくもって合成の誤謬だ。

ようは、労働者を守るのは経営者の役割ではなく、競争ルールを定める政府の役割なのであるから、労働環境を改善すべく法整備を進めろという話である。

労働時間が減少すれば生産性は引き下がるのではと思うかもしれない。ところが、安い労働力が溢れている地域では、そもそも生産性を改善する機運が生まれないという話もある。実際、日本でもオイルショックがあったから、省エネが進んだ。労働時間を削減すれば、どの企業も生産性を上げる工夫をしなければ今までと同じことができなくなる。結果、生産性は改善する。

世の中、少しづつでも良くなってくれるとありがたいのだが……。