藪下史郎著「非対称情報の経済学 スティグリッツと新しい経済学」を読む。ここ十年くらいのトレンドである(らしい)非対称情報の経済学の本である。簡単にいえば、従来の「神のみえざる手」による経済学にそれぞれが持っている情報には差があるという概念を入れることで従来の経済学の問題を解消しようというものである。
情報という概念自体は情報科学でも使われるので目当たらしいわけではないが、定式化し理論に組み込むことで精神論で語られやすい「モラルハザード」という概念を合理的に説明できたりするのには感動した。やはり科学はいい。
特に「効率性と安定性はトレードオフの関係」というのは割と重要な概念なんじゃなかろうか。巷では「民主主義」は優れていて「独裁主義」は悪いといった観念が一般的だが、ただ単に効率性と安定性の問題で説明できるのではないだろうか。そう考えると最近の首相公選制への移行などといった議論もすべて、どの程度の安定性、どの程度の効率性を求めるべきかという問題になる。政治だって科学の枠組みで語れる時代が来るかもしれない。
出してくる例がみみっちいのを除けば良い本だと思う。とはいえ、本の中身はあれだけ納得のいく内容なのに、最後の最後で「日本経済が陥っている非効率なナッシュ均衡的現状から脱却し、素早い景気回復を実現するためには、積極的かつ総合的経済政策を迅速に実行する力強い政治力が不可欠である」などと言い始めるのはどうかと思う。経済学という学問が追求すべきは「それが例え森善郎であっても実現できる景気回復の手法の開拓」であって、天才がいるかいなかに左右されるようなものであってはならないんじゃないだろうか。