HARD FACTS 事実に基づいた経営
読んでから半月ほど経ったのだが、あまりにも名著すぎて頭を整理しているうちに時間が経ってしまった。
この本はいわゆるビジネス書である。私の場合、長らく経済学に傾注してきたこともあり、ビジネス書にはまったく関心を払ってこなかった。いくつか名著と言われるものも読んだことはあるが、どの本も実証面が弱く個人的に納得感が薄かったこともあり、どうせ読むなら労働経済学の教科書読んだ方がいいよなぁ、と思っていたのだ。
だが、この本は違う。「HARD FACTS 事実に基づいた経営」は、スタンフォード大学の二人の経営学者が、さまざまなビジネス書で挙げられる「成功の秘訣」や「通説」を多くの実証研究に基づき切って捨てたすごい本なのである。同書を貫く思想はただひとつ。事実、事実、事実、ただそれだけである。
著者らは、企業の経営者がいかに事実に基づくと支持できない意思決定を行ってきたか、次から次へと事例を挙げる。M&Aの70%かそれ以上は、期待した結果をあげられず、マイナス効果のほうが大きい。アメリカの自動車メーカーはトヨタの品質管理を真似たが、いまだにトヨタの後れを取っている。などなど。
本書の主張は極めて刺激的である。特に6章で語られる「なぜ、戦略はそれほど大切ではないかもしれないのか?」などは、ビジネス書大好きな人には悲しすぎるお知らせだろう。また、部下の掌握に苦労している管理職の方々には8章の「偉大なリーダは組織を完全に掌握しているのか」で説明される「事実に基づいた」良いリーダのあり方は非常に参考になるのではなかろうか。
ただし、著者らも世間に流通している「成功の秘訣」や「通説」がまったく間違っているとは言っていない。それらの方法は「半分だけ正しい」のが問題なのだ。多くの手法は、ある条件下では正しいこともある、だが、それは一般化できるようなものではないことも多い。その手法があなたのいる会社で有効に機能するか否かは、情報を集め検証したり、実験して確かめるしかない。単に秘訣を真似るだけでは、むしろ惨劇を招くかもしれない。タイトルにある通り「事実に基づいた経営」こそが重要なのだ、というのが本書の主張である。このことは、「その数学が戦略を決める」に通底する主張でもある。
期も切り替わるこの時期にぜひとも読んでいただきたい一冊である。
- 作者: ジェフリーフェファー,ロバート・I.サットン,Jeffrey Pfeffer,Robert I. Sutton,清水勝彦
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2009/01/01
- メディア: 単行本
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以下、本書の内容をメモ代わりざっと紹介。
なぜすべての会社に「事実に基づいた経営」が必要なのか?
- 質の悪い意思決定手法の例
- うわべだけのベンチマーク
- 目立ち、わかりすく、それほど重要でないところだけが真似される
- 企業によって戦略も競争環境もビジネスモデルも違う
- 過去にうまくいったように見えることをする
- 繰り返そうとしている手法は、本当に過去の成功要因だったのか?
- 過去の手法がそのまま使えるほど、今は過去と似ているのか?
- 広く信じられているが、実はきちんと検証されていない考え方を鵜呑みにする
- うわべだけのベンチマーク
- 常識を捨て、事実を用いることが重要
- データを集め実験する
- 使えるデータがないなら、定性的な情報を元に自分の考えの前提を疑ってみるだけでもずいぶん違う
- 教師に対する業績連動報酬制度は100年近く存在し、何十年も研究されているが、生徒の成績向上に繋がる例はまずなく、むしろ不正行為を増加させ、だいたい5年以内に廃止されているにも関わらず、何度も同じ話題が蒸し返される
どのようにして「事実に基づいた経営」を実践するか
- 「事実に基づいた経営」を実践するための障害
- 筋の通った理論と分析を使う
- 因果関係が逆転した主張
- 成功企業のみ見て、失敗企業を無視する
- リスクが高く、普通とは違った戦略を取る企業は大成功か大失敗かのどちらかだろう
- 小さい実験が大切
- セブンイレブンではボーナスと礼儀正しさが連動していたが、実験の結果、礼儀正しさと店舗の売上には関係がないことがわかった。顧客にとって良いサービスとは、見せかけの微笑みやサービスではなく、早く買い物が済ませられることだった
- 経営のアイデアや知識を評価するためのガイドライン
- 市場は新しいアイデアを求めるが、古くても使えるものは使える
- 「ブレイクスルー」と言われるアイデアに気を付けること。ブレイクスルーなど実際にはまず起こらない。ほとんどの場合、念入りで小さな仕事が積み重なって起こっている
- ひとりの天才やカリスマではなく協力し知恵を出し合うことに価値を置くべき
- プラスとマイナスの両面を見るべき
- シックスシグマやTQMなどのプロセス改善手法は効率を上げるが、イノベーションを減少させる
- 成功や失敗事例を手法の有効性の証拠としては使うべきではない
- 好業績グループだけから成功のカギを求めた「エクセレント・カンパニー」で取り上げられた企業と「フォーチュン」の代表企業1000の間に業績の差はなかった
- 思想やセオリーには中立的な立場を取るべき。自分の考えに合わない事実を無視するゲーリーベッカーはマヌケ(w
- 信条に基づき社会的進級(成績が一定基準に達しなくても進級させる仕組み)を廃止した結果、ドロップアウトが増えその対策に多額のコストをかける結果となった。にも関わらず社会的進級を廃止しようとする政治家は後を立たない
長くなったので今日はここまで。そのうち追記しよう。それにしてもこの本濃すぎるわ。たった2章分メモを箇条書きで書き出しただけなのに、こんなに書くことがあるとは。うむむ。