思うニダ。リフレ派には萌えが足りないのではないだろうか。マルクス経済学なら「マルクス×エンゲルス」ネタが使える!などと言いたいわけではなく心の琴線に触れる要素がないのではないかと言っているのである。
例えば構造改革論者なら「構造改革なくして景気回復なし」すなわち「努力と我慢なくして問題解決はありえない」という非常にわかりやすいスローガンがあるし、マル経にも「労働者は搾取されておる」という直感的にものすごく正しく思えるスローガンがある。それに比べてリフレ派のスローガンと言えば岩規久本の帯に見るように「景気回復に痛みはいらない」であって、まるで精神科医が鬱気味の人に「がんばらなくてもいいにょ」と言っているかのようである。
いまだに相対性理論を間違っているという人が後を絶たないことからも考えても、人間は自分の中にベースのあることでないとなかなか理解や納得ができないようにできているように思える。世間の人のダメ人間への態度を考えればわかるように、世間的な美徳は「努力」であって、才能よりも努力の存在を重視する日本においてはさらにそうだ。普通、政府や政治家に人気のない政策というものは左翼が拾ってくれるものだが、左翼は魂からして改革派、すなわち努力の存在を最重要視する人びとであり「がんばらなくていい」政策にはあまり興味を引かれないようだ。
では、リフレ策を盛り上げるにはどうしたらいいのか。ひとつは、以前から私が主張しているようにブームにすることである。実際、赤瀬川原平氏の「老人力」のようにダメなことを美徳とするブームがかつて存在している。リフレだってブームにならないことはないかもしれない。
もうひとつは、ダメ人間すなわちオタクに流行らせることである。世の中にはがんばるオタクもいないわけではないが、世間的にはダメ人間が多い。彼らの中には「構造改革なんてめんどくさいなぁ」と思っている奴等もたくさんいるはずである。
ただ、これには基本的な問題がある。こうやってダメ人間のネットワークを通じてリフレ策を進めたところで、所詮ダメ人間なので世間的な影響力がないのである。まぁ、そういったダメ人間によって広められていった日本のアニメや漫画が世界を席巻することもあるわけだから、リフレも20年後くらいには広く認知されるようになるかも……