ロバート・J・バロー著「バロー教授の経済学でここまでできる!」を読む

物理学の現状を「物理現象の99%を説明でき、0.1%の議論があり、0.9%未解明な部分がある」と観念的に表現するならば、経済学は「経済現象の60%を説明でき、10%の議論があり、40%未解明な部分がある」と言い表すことができるように思う。

60%しか説明できないことが、経済学が役に立たないことを意味するかというと、もちろんそうではない。ロバート・ソローの言うように「ドーナツの穴があいているといって嘆いても仕方がない。それよりもドーナツがあることに感謝しようじゃないか」の通りである。たとえ100%の保証がなくとも、当てずっぽうよりも可能性が高い方法を実行すべきなのは当然のことである。

しかしながら前述のように経済学には未保証の部分があるため、その部分は常識であったり、直観であったり、あるいは思想によって埋められることになる*1

この本の著者であるロバート・J・バローの場合、その部分が自由主義経済思想によって埋められている*2。バローは「バローの中立命題」でリフレ派にも馴染み深いまっとうな経済学者であり、この本の中で援用されている理論的枠組みも極めてまっとうなもののように思えるし、非常に面白い話も多い(ゴアの駄目っぷりの記述には思わず笑ってしまった。なるほど、これではブッシュと互角の勝負になるのもやむを得まい)。だが、その主張には素直に頷けないものも多々あるように思える。

小さな政府

彼はしきりに「小さな政府」が良いことを主張する。たしかに、政府の市場への関与が大きすぎるのは考え物であるが、だからと言って何でも市場に任せれば良いというものではない。競争が確保できないなど市場の失敗が起こりえる分野ではやはり政府の役割は存在する。

スティグリッツクルーグマンが言うように政府が行うべきでないことは行うべきではないし、行うべきことは当然行うべきというだけのことであり「小さな政府」という言葉はそれ自身イデオロギーに他ならない*3

アルゼンチンへの通貨の完全ドル化提案

この本でバローが行っているアルゼンチンへの通貨の完全ドル化提案は、マンデル・フレミングモデルに基づいており経済学的には適切なものである。ただ、この選択肢が最良のものであったのかに関しては疑問である。マンデル・フレミングモデルの結論は「自由な資本移動、固定相場制、自由な金融政策のいずれかひとつは放棄する必要がある」ということにある。だが発展途上国にとって自由な資本移動は国の発展に欠かせないものであるし、自由な金融政策なくして国内経済の安定した発展は望めない。やはり、すべての先進国がそうであるように固定相場制の放棄こそ唯一の最善策であって、完全ドル化のような一時的な解決策は適切な提案ではないように思える。

麻薬の合法化

バローによる麻薬の合法化は他の商品であれば正しい議論のように聞こえるという点で難しい問題である。確かに麻薬に需要が存在している限り、法的にいくら制限しようとも闇市場が発生してしまう。ならば、むしろ合法化し透明性を高めたうえで高い税金、そしてその税金を使って麻薬患者の厚生プログラムや教育プログラムを組むべきであるとしている。

だが、この議論には麻薬という商品の特殊性を忘れているように思える。麻薬需要は、麻薬が使わなければ余り高くないが一度使うと急激に高まるという強い常習性があることを忘れてはならない*4。また、麻薬によって犯罪を犯す人はいるが、タバコによって犯罪を犯す人の話は聞いたことがないし、お酒に関しても犯罪に繋がるような場合(例えば、飲酒運転)は犯罪として非合法化されている。

拳銃にしてもそうだが、無くてもよいものは無い環境が当たり前になってしまえば別段困らないものである。特にそれが社会の厚生を下げるようなものであれば、むしろ社会から抹消する方がよいのである。

解決策は、むしろ麻薬を生産する国々が経済発展し、麻薬生産に頼らなくともまっとうな品目の生産で生きていけるようにすることではないのだろうか。

バロー教授の経済学でここまでできる!

バロー教授の経済学でここまでできる!

*1:経済学者にはバランスが重要と言われる所以である。

*2:バローはシカゴ学派とはされていないようであるが、その思想はかなり近いように思える

*3:バロー自身も「小さな政府」と言いながら、私有財産権の保護や法のルールの遵守を主張していたりする。本人は「小さくても政府には行うべきことがある」と思っているのかもしれないが、やはりその言葉は誤解を招くと思う

*4:大麻は実はタバコよりも低い常習性しかないらしいのだが、バローの議論は麻薬一般についてである