今、マルクスの可能性を小一時間問い詰める

稲葉先生の新著は、興味のない話題も多かったので概ね頭の中をスルーしてしまったのだが、一点だけ共感できたところがあった。

本書ではマルクス主義の遺産を真面目に評価しつつ、基本的にはしかし批判的に対しています。……つまり、資本主義は不平等と疎外を生む仕組みだが、だからといってそれを丸ごと拒絶し、オルタナティブな社会システムを目指すべきではなく、そのうちにとどまるべきだ、と。

私は、マルクス経済学は現在において(いや、当時においても)存在価値があるとは思えないのだけれど、マルクスの「搾取」や「疎外」と言った言葉が市民の実感情を真正面から取り扱っている点に関しては評価できると思っている。根井雅弘著「経済学の歴史」にも下記のように書かれている。

ユニークな著作活動……で知られる三土修平は、マルクスが読み継がれる理由について、「要するに、彼の著作の中では、市民社会の対等な契約関係という概観をまといながら行われる雇用・被雇用の関係が、ともすれば支配・被支配の関係に転化してしまうのはなぜかという、市民革命以後の近代社会の根本問題が問われ、少なくともそれに答えるべく努力がなされている」からであると述べているが、それゆえ、逆に言えば、マルクスを学ぶことによって、私たちはそのような問題意識が全く欠落している現代の主流派経済学のいわば「死角」を明確に意識することができるのである。

近代経済学が、その重要性にも関わらず人々の間に広まらない理由のひとつに、総体としての経済規模は大きく客観的には大幅に豊かになっているにも関わらず、現実には不況、失業、低賃金労働、支配・被支配の関係、南北問題のいずれもが完全には解決していないという事実があるからではないのか。

これらの中にはある程度改善可能なものもあれば難しいものもあることをもちろん知っているし、マルクス経済学が問題提起はすれど適切な解決策など用意できなかったこともわかっている。けれども、人々が現に直面している問題に人々の視点に立って答えていくことは啓蒙という意味で重要なことであると思うし、(読みにくさはともかく)本書もそのひとつの形を示したという意味で有意義であるように思える。