雫井修介著「火の粉 (幻冬舎文庫)」を読む

以前読んだ「犯人に告ぐ」が面白かったので列車の暇つぶしにと買ってみたのだが、予想を裏切る大傑作であった。あまり話題に上った作品には見受けられなかったのだが、個人的には桐野夏生「OUT」よりも遥か上、宮部みゆき火車」に並ぶぐらいの作品なのではないかと思ってしまった。

元裁判官の勲一家の隣に、過去に証拠不十分で無罪判決を下した武内が越してきた。武内は非常に紳士然として非常に友好的に振舞うのだが、不可解なことが続き……という一見意外性のないプロットなのだが、その男のやり口の周到さ、それに付け込まれる一家の心理描写の巧みさが相まって、底の見えない恐怖が醸成される。

それにしても武内の人物描写は非常に考えさせる。武内の行動そのものは異常なものだが、犯行動機そのものは人間ならば誰もがやってしまいがちなことである*1。本書では小説として成り立たせるためか、武内は最終的には殺人などの有罪が明確な手段を取り社会的にも犯意が明確となるが、もし武内が最後まで明らかな手段をとらず陰湿な手段をとり続けたらどうであろうか。家族や親友との関係は崩壊し、誰が仕組んだのか被害者にとっては明らかでありながらも、仕組んだ側は社会的に善意の人であり続ける一方、被害者は社会から疎外されむしろキチガイのように見られることになる。人を不幸に陥れるためにこれ以上の完全犯罪はないのではなかろうか。

[追記] コピペミスで変な文章がまぎれこんでしまっていたのを修正しますた

火の粉 (幻冬舎文庫)

火の粉 (幻冬舎文庫)

*1:もじれの日々閉鎖における稲葉氏の行動だって似たようなものかもしれない