スティグリッツ曰く「(日本は)インフレターゲットは導入すべきではない」……しかし

わが心の師、スティグリッツの新刊「スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く」を書店で見つけたので買って読み始めたのだが、突然「インフレターゲットは導入すべきではない」という章に出くわしショックを受けたのである。

多くの国の中央銀行が導入しようとしているインフレターゲットを日本も導入するべきだという声が一部にはある。中央銀行制度は宗教のようなものだ。ほとんどの国の中央銀行が熱烈に奉じているいくつかの信条があり、彼らはそれを確信を持って唱え、その論理の進め方にはまるで判を押したような画一化が見られる。しかも、これらの信条には往々にして、それを裏付ける科学的証拠がほとんどないのである。そのため、彼らのご託宣はえてして間違っており、彼らの政策は予想された結果や望ましい結果をもたらさないことが多い。

スティグリッツ先生、殿中でござるぞ……と言いたくなるくらい激しい批判だ。だが、読み進めていくとどうもこの批判から想像される内容とはかなり異なっていることに気付かされる。

インフレターゲット論は、少なくとも短期的にはマネタリズムより害の少ない宗教である。それは一九八〇年代初めのアメリカの異常な高金利のような極端な振る舞いには、概して繋がらない。しかし、長期的には、ヨーロッパが実証してきたように、景気の悪化を招くことがある。高レベルの失業にもっと関心が払われていたら、ヨーロッパの金利はもっと低く抑えられていたはずだ。高金利は投資を抑制してきただけでなく、為替レートの上昇ももたらし、それがヨーロッパの景気を低迷させてきたのである。

(中略)日本の場合のインフレターゲット論の問題点は、それが短期的に間違った変数に注目することにあり、そのため金融当局は間違った戦略を長期にわたって推進することになる。

金融政策は実質金利インフレターゲット論者はこれに注目する)よりも、むしろ信用のアベイラビリティ(可用性)を通じて景気に影響を及ぼすのである。金融当局が景気をどの程度刺激しているかは、今現在の実質金利(あるいは長期実質金利)よりも信用供給の拡大に注目したほうが正しく測定できる。金融当局が信用のアベイラビリティに影響を及ぼす方法はいくつもあり、これらの方法が金融政策の中心に据えられるべきである。

どうもスティグリッツ先生は、デフレから脱却するなんてことはできて当然、その上でインフレターゲットよりもっと良い方法があるのでそちらを使えと言っておられるようです。いやはや、何とも気が早い……。

他の章の内容も踏まえて読む限り、スティグリッツ先生は金融政策は金利による投資の促進という側面からだけでなく、労働市場に与える影響も考慮して最適な運営を目指せと主張されているように思われます。

なお、上記引用文の前節のタイトルは「金融引き締め策を取らないことが肝要」、日本の読者への序文には「中央銀行は数々の神話を広めてきた。曰く、インフレは最大の悪である。曰く、インフレはいったん始まったら、それを反転させるには大きなコストがかかる。曰く、インフレ抑制には政府から独立した中央銀行が必要である。私の目的の一つは、これらの神話の嘘をあばくこと」と書かれており、とうてい反リフレな人々の論拠にはなりそうもありません(むしろ、インフレ目標派よりはるかに強硬な政策を主張しているような気が……)。

スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く

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