小倉一哉著「エンドレス・ワーカーズ―働きすぎ日本人の実像」を読む

私自身、比較的残業の多いと言われることの多い業界にいることもあり「働きすぎ」の問題には関心を寄せざるを得ない。事実、同僚に聞くと過去に月200時間を越える残業をしたことがあるという人が高率で存在するし、忙しい状況では過労死ラインといわれる月80時間の残業程度では同情どころか、さぼってるとみなされることも珍しくない。

本書は労働政策研究・研修機構主任研究員の著者が、研究を通じて収集したデータを元に日本における労働時間についてその実態に迫ったものである。その内容を要約すると下記のような事実が挙げられている。

  • 国際比較をすると、後進国ほど労働時間が長く先進国ほど短い傾向がある
  • 先進国の中で比較すると、日本・アメリカの長時間とヨーロッパ各国の短時間で二分しており、イギリス、フィンランドがその中間に位置することから考えると、市場主義的な考えが強い国ほど労働時間が長い傾向にあることがわかる
  • 収入は、労働時間よりも他の因子による影響の方が大きい
  • 残業時間の平均は月34.6時間(男性: 39.1時間、女性: 22.3時間)
  • 職種では、営業・販売が45.2時間、技術系専門職が40.6時間、現場管理・監督が42.2時間、輸送・運転が41.5時間で超過労働時間が長い
  • 勤務時間制度の違いだと、通常の制度だと34.4時間なのに対し、裁量労働制・みなし労働では49.0時間、時間管理なしだと56.8時間となっている
  • 年収階層が高いほど総労働時間も長く、超過労働時間も長い
  • サービス残業は、自社以外の影響により仕事が発生する業種で多く発生する
  • フレックス・タイム制を導入するとサービス残業がほとんどなくなる
  • 労働時間と異なり、サービス残業の長さと年収の相関は低い
  • 残業の理由は、会社や仕事の状況によるものがほとんどであり、残業手当や仕事が好きといったポジティブな理由は極めて低い
  • 長時間労働と睡眠時間は明白なトレードオフの関係がある
  • 労働時間の長さはストレスの原因となっているが、裁量労働制など時間管理の方法自体はストレスの原因に直結しない
  • 日本全体の総実労働時間は減少傾向にあるが、正規社員、非正規社員それぞれでみるとほとんど変化がない。労働時間の減少は非正規社員の割合が増加したことに原因がある
  • ここ数年、非正規社員の残業時間は増加傾向にある
  • 日本の有給休暇の取得日数は国際的に見て非常に少ない。フルタイマーの平均的な年間取得日数は、スウェーデン33日、ドイツ30日、イタリア28日、オランダ25.6日、フランス25日、イギリス24.6日に対し、日本は8.4日である
  • 名札やホワイトボードなどによる出退勤管理はサービス残業の防止には役に立たない。IDカードやタイムレコーダーなどの厳格な管理は有効である

本書を読んでわかるのは、総労働時間を削減するためには、労働市場流動性を高めることはほとんど意味がなく、社会的な規制が必要だということだ。双曲割引を考えると、もし雇用の流動性が高まったとしても、長期的な健康よりも短期的な賃金の上昇を選択してしまうことは不思議ではない(その一方で予防措置として健康保険や年金の積み増しを行うという行動をとるかもしれない)。

本書の結論で提示されるサマータイムや深夜営業の制限といった働き方に対する規制に関しては、とうてい同意できない*1が、360時間という上限を厳格化するという方向には同意したい。

問題は長時間労働そのものではなく、長時間労働によってもたらされる精神的・肉体的な健康被害である。まずは平均的な労働時間を減らすことよりも、一定時間を超える労働の撲滅が重要であるように思う。

[追記] 折良く人は何時間働くと過労死するのか?というエントリが話題になっているようなのでトラックバックを送ってみた。このエントリの主題ではないけれど、前提となっている「大競争時代に勝ち残る為には、生産性の向上」という言葉がちょっと気になる。

たしかに市場主義の世の中では一生懸命働く方向に人々を向かわせるわけだが、本書で「後進国ほど労働時間が長く先進国ほど短い傾向がある」ことが述べられるように、基本的には市場主義によって豊かになった結果労働時間はものすごく短くなったということを知っておいた方がよいように思う。

生産性が高い=死ぬほど働く、と思いがちだが人間が死ぬほど働いたって生産性はせいぜい2倍も上がらない。だから、世の中が豊かになったのは、死ぬほど働くことそのものが直接の原因となっているわけではない。では何が豊かさの源泉なのか。それは言うまでもなく市場主義によって人々ががんばった結果、副産物として生み出される技術革新である。

技術革新が進み人々が豊かになれば、死ぬほど働くより、ちょっと給料を少なくする代りに労働時間を減らしてもいいな、と思い始める。だから、大競争時代になっても労働時間は決して増えたりはしない。

なお、「市場主義的な考えが強い国ほど労働時間が長い傾向にあることがわかる」という一文は、誤解を招くかもしれないけれど、「市場主義的な考えが弱い」=労働時間に対する法的規制が強い、ということなので、労働時間の短縮には法的規制が有効であるということを意味しているのであって、市場主義が労働時間を長くしているということを意味しているわけではないので注意されたし。

エンドレス・ワーカーズ―働きすぎ日本人の実像

エンドレス・ワーカーズ―働きすぎ日本人の実像

*1:サマータイム導入によって労働時間が増える人がいることを忘れられているし、深夜営業などの働き方はそれこそ選択の自由であろう。