いろいろ調べる限り労働価値説を否定したらマルクス経済学は否定できるようなので、ちょっと考えてみることにした。
まず、労働価値説とは何かというと「より多くの労働が必要な財の価値はより高く評価され、少ない労働すむ財は低く評価される」という説。近代経済学の需要・供給の法則のマル経版ですな。否定するには反例を用意すればいいはずだから、需要・供給の法則では説明できて労働価値説では説明できない例を考えればいい。需要・供給の法則では多くの人が欲しがるものほど値段が高いわけだから、「多くの人が欲しがっているけど労働量は少ないもの」がこの世に存在すればいい。……あった。芸能人のサイン。あれ数秒で書けるくせに数万円するものもあるぞ。
う〜む、簡単に否定できてしまった。とりい先輩からは「剰余理論と史的弁証法の間違いを指摘すればいい」と言われたのだけど剰余理論は労働価値説の前提がないと成立しないから、これで反証としては十分だろう。あとは史的弁証法だけど、これって哲学 or イデオロギーなので正しいとか間違ってるとかそういうものじゃないと思う(実際、だからどうしたっていう話だし)。



野口旭著「経済対立は誰が起こすのか」が古本屋に落ちてたので拾ってくる。いきなり「トンデモ本の世界」の紹介が始まって仰け反る。内容的にはクルーグマンの「良い経済学悪い経済学」日本語版みたいな感じ。どうでもいいけど、私がとりい先輩に送った説明とまんま同じ言い回しがあったりして、ちょっと苦笑い。
野口旭ってちょっと文章が難しすぎるきらいがあると思うのだけど、「輸出は善、輸入は悪」が誤りであることを示すために

「輸出」とは「国内から海外への財貨サービスの移転」すなわち、財やサービスが、われわれの手から外国人の手に渡ってしまうことである。したがって、もしわれわれが永久に輸出だけを行って輸入を行わないならば、われわれは財やサービスを外国人に差し上げる一方になってしまう。
という説明はわかりやすくていいなあ。こんどから使わせてもらおう。
そういえば、この本の中でリチャード・クーが槍玉に挙げられてた。クーってトンデモエコノミストの中ではまだマシな方だとばかり思ってたけど

……リチャード・クー氏の『投機の円安 実需の円高』であるが、これはあらゆる意味で、『貿易黒字・赤字の経済学』の対極にある本である。実際、クー氏はその本の中で、『貿易黒字・赤字の経済学』で展開されている小宮教授の議論を「ISバランス教」などと揶揄し、かなりのページ数を費やして批判している。そして、「これは全く新しい考え方で、今の経済学の参考書にはどこにものっていない」ということわりを入れて、「貿易赤字が所得を落とし、それが貯蓄を落とす」という、貯蓄・投資バランス論の考え方まっこうから否定する「全く新しい理論」(クー氏の表現)なるものを展開している。
だが、ちょっと冷静に考えていただきたい。すでに述べたように、貯蓄・投資バランス論などというものは、たいていの国際経済学の教科書には書いてあるような、国際収支理論の基本中の基本なのである(ちょっと古い教科書には、アブソープション・アプローチという名前で出ているはずである)。
というのを読むと、かなりヤバげ。例えて言うならコンノ・ケンイチレベルというところか。