東谷暁著『日本経済新聞は信用できるか』をとりあえず読み終わる。正直な感想としては、基本線の部分は絶賛しても良いように思う。少なくとも日本経済新聞が信用できないという点に関しては、リフレ派だけでなくアンチリフレの論陣を張ってる馬車道さんのような方でも共通認識を持っているわけだし、それを正面切って実際の紙面データを使って実証してわけだからこの功績をまずは称えるべきではないか*1
とはいえ、リフレ派がこの本を非難しなければならない理由も良く分る。何故だかはわからないが、本文を読むとリフレ派に喧嘩をふっかけてるとしかみえない記述がちらほら(なんとクルーグマン批判のためにわざわざサブセクションを一つ割り当てている)。田中秀臣氏は「ご本人は小林慶一郎氏的な不良債権問題原因説を支持している感じ」と思想的な部分を問題視していたが、読んだ印象からするとむしろリフレ派に対する私怨なんじゃないのとか思ったり。もしかして昔リフレ派の上司にいじめられたとか(←さすがにそれはなさそう)
前作「エコノミストは信用できるか」と本書に共通して感じたことだが、東谷氏には抽象的な理解力というか学問的思考というかそういうものが欠けているのでないか。例えば、本書にはクルーグマンの予測がはずれた例を挙げて次のように書いている。

たとえば、九二年にヨーロッパ通貨制度(EMS)がジョージ・ソロスなどの攻撃で危機に陥ったとき、「EMSは崩壊して自由変動相場制」に移る、と予測して差し支えない」と述べたが、EMSは崩壊せずに強化され、九九年には通貨統一まで達成してしまった。

しかし、経済学の知見があれば、クルーグマンのこの発言の背景には「EUは最適通貨圏とはみなせない→EUの各国はその不利益に我慢できない→自由変動相場制に移るはずだ」というような思考があったことは明らかだ。たしかに字面だけを見るならば、東谷氏の言うように「クルーグマンの予測ははずれた」わけだが、実際は「EUが非合理的な行動をとった」だけのことである。私から見れば、この発言はクルーグマンの信頼を高めこそすれ不信を募らせることには決してならない。東谷氏ほど文献を読みあさっている人ならば、多少考えればそれくらいのことは理解できるはずではないのか。
そしてこの問題が『日銀総裁が「これからインフレを起こします」と宣言するだけでデフレから脱出できるなどという説を唱えたエコノミストがいた』という発言にも繋がっているのではないか。たしかにクルーグマンの論文だけを読むとそのようにも読めなくはない。だが、少し考えれば「そう思わせるには根拠がいる」ことは簡単に想像がつく。だからこそ、岩田規久男氏など日本のリフレ派諸氏は「長期国債買い切りの増額」という根拠を担保にした期待インフレ率の上昇手法を提案しているのではないか。
個人的には東谷氏の本は純粋に本として読めば非常に面白いものであると思っているだけに、学問的思考の欠如が残念でならない。

*1:日経新聞のダメさは実のところ工学系の技術屋にも良く知られている。日経の一面に掲載される研究系のスクープ記事は、記事だけ見ると数年後にはすばらしい技術が夢のような世界を見せてくれた挙句莫大な経済効果が生まれるように書いているが、実際には市場に出ることなく研究室の中に埋もれていってしまうものばかり。研究者側からの売り込みも多いという噂。