高安秀樹「経済物理学の発見 (光文社新書)」を読む

中村正三郎が誉めていたので買ってみたのだが、しまった、読むんじゃなかった。またまた「概ね正しいが、根本的に間違っている」類の本だよ。こういう本に反論するのは疲れるから嫌なんだが。

基本的には、すごく面白い本だし、研究としての意義は十分あると思う。特に、需要と供給の関係が均衡点で安定しないといった話は、たしかに経済学者がよく誤魔化すくだりなので、結構痛快に思う。

でも、たぶん中村氏などが読むと、絶対誤解するんだろうなぁ。

この本を読むと、まるで物理学者が経済学の世界を塗り替えたように見えるけど、実際には経済学の歴史に一ページを刻んだだけのこと。よくよく読むと、前述の点を除けば、経済学の既存の概念に対し新たな証拠を提出しただけであり、何らかの新しい帰結が得られたわけではなかったりするわけだ。

そもそも、量子論超ひも理論もそうだが、最先端の理論というのは自ずとその適用範囲が限られてくる。実際に多くの場面で利用されるのは、概ねニュートン力学であったり熱力学であったり、あらあらのマクロモデルである(別に最先端の理論が役に立たないと言っているわけではない。現実の場面では、最先端の理論をつかわなくてもほとんどの場合十分であると言っているのである)。

ニュートン力学の発見は原子の発見より250年も前である。現在にいたっても重力子の発見には至っておらずニュートン力学の本質的な原理はいまだ証明されていない。しかも、使っている数学と言えばせいぜい微積分程度である。

では、ニュートン力学は役立たずだったり、科学でなかったりしたのか。もちろんそんなことはない。

高安氏自身が認めているように「エコフィジクスが特に力を発揮すべきところは、金融工学マクロ経済学が苦手としているスケールの領域」である。しかし、現実の政策において重要なのは、ミクロではなくマクロの方であって、特にそもそもの対象が閉システムではない経済現象においてはエコフィジクスの有効性は極めて限られたものになるだろう。

本書の後半では、前半のモデルとあまり関係あるとは思えない理屈に基づき、マクロ経済学的帰結からはとうてい支持できない提言がなされている。例えば、ハイパーインフレに関する記述については、黒木氏が掲示板にて書いているように何が「期待」を変化させたのかという裏付けとなる部分が何も考慮されていない。そして、その結果インフレ誘導策はハイパーインフレを招くなどという暴論が出てきてしまう*1

物理学でも同じだが、原因があって結果があるのであって、何の裏付けもなく突然何かが起こることはない。ドイツでは過剰な賠償の支払いが、ハンガリーやチリでは金利支払いの見通し悪化を原因とした外国資本の流出がきっかけとなり中央銀行がお金を大量発行することになっている。高安氏は「通貨をたくさん発行するからインフレになるという学説がありますが(中略)データを見ると、通貨の発行量は常に後追いでした」と書いているが、期待は常に先行するものでありデータの内容と学説とは十分整合的である。また、ハイパーインフレの終了が中銀の行動だったことも同様である。

まぁ、結局のところ計量経済学という経済物理学の先達たちが「理論なき計量を戒めた」ことを思い出した次第。

ちなみに、本書前半で出てくるエール大学の浜田宏一教授は筋金入りのリフレ派。

経済物理学の発見 (光文社新書)

経済物理学の発見 (光文社新書)

*1:高安氏の提言は、この他にもたくさんあって、いろいろと問題が出てきそうな感じなのだが、調べてる余裕がないのでとりあえず置いておくことにしよう。そのうち、何か書くかも