ザモデルを読む

http://d.hatena.ne.jp/arn/20070105#p1 の続き、とは言っても完全な素人談義ですが。

私自身、労働者なんでやはり第4章の労働市場の不完全性が気になってしまう。

本書で書かれている労働市場は、衰退産業・中立産業・成長産業と摩擦的失業があるようなモデル(以下、PTモデル)で、通常マクロ経済学で話題にされる貨幣要因は考慮されない。しかし、そのようなモデルでも不況が発生し得るというのが本章の話題。ただし、この章の趣旨は、政策的結論というよりザモデルに労働市場の不完全性を付加した例であるので、その結論自体はあまり重要ではないかもしれない。なぜなら、不況とは言っても一時的なものだし、一般的に問題となっている不況は金融政策ショックによるものである可能性の方が高い以上、影響の度合いを考えずに不況であることそれ自体を問題にしても仕方ない。

PTモデルの結論としては、以下の三点があげられている。

  1. 労働市場の摩擦をゼロにしない限り、完全に理想的な政策対応の下であっても、一時的な総労働投入量の低下を甘受せざるをえない。
  2. 直接的には構造調整圧力の影響がないはずであるセクター(上記の例では製造業)でも一時的な縮小を余儀なくされる。
  3. リストラの加速は、一時的な総労働投入量の落ち込み幅を拡大する。

ひとつ目の結論は、当たり前の話であってイス取りゲームで音楽が流れたらイスに座っている人はいなくなる。小泉でさえ痛みを伴う構造改革と言っているのだから、別に変な話ではないし従来の経済学でも理論的にどうかは知らないがお話としてはあったように思う。二点目は一見不思議に思えるが、ひとつ目の話の裏返しであり、労働市場が不完全になれば総需要が落ち込むということ。三点目は一点目と同じ話である。

なお、このような問題に対する解決策は、雇用の流動性をあげることであり、本書では引き続き雇用の流動性をあげる手法について述べている。で、実はここから先の方が私にとっては興味ある話題だったりする。

今現在、最低賃金保障やホワイトカラーエグゼンプションのように労働者の権利に関する話題がさかんであるが、経済学の教えるところはこれらの社会保障政策が必ずしも意図した効果を発揮しない、場合によっては状況をより悪くしてしまう可能性があるということである。

本書では以下のような話題が挙げられている。

EITC(所得税額控除)制度

最低賃金保障には、企業の雇用コストを増やす結果、労働賃金を減らし、流動性を低下させるという問題がある。ここでは、それに変わる方策として低所得者層の獲得賃金に応じた補助金を与えるという制度が挙げられている。EITCはアメリカで実際に実施されている制度であり、労働のインセンティブを通じて流動性を上げることができる。フリードマン負の所得税を思い起こさせる制度である。本書によれば、実証研究の結果、最低賃金制度に比べ子供がいる家庭を貧困から抜け出させるために2倍の効果があったとのこと。

本書では書かれていないが、最低賃金保障制度も標準的な経済学の考え方に反し、決して労働供給を減らさないという実証研究の結果が出ているものの、再反論があること、そもそも決して効果が大きいわけではないことを考えれば、上記のような制度の方がより良いことに疑問の余地はない。

再雇用ボーナス

失業保険により失業期間中でも失業保険給付が受けられるが、このような制度は再就職するインセンティブを低下させ雇用の流動性を悪化させる。日本の場合、失業保険の水準が離職前の6割程度と高い水準となっており、給付金が再就職先の賃金より高いことも多く、再就職のインセンティブを低下させていた可能性もある。実証研究によると、失業保険給付の1週間の延長が平均失業期間を約1日長くするという結果が出ているとのこと。本書では、それに変わる制度として再雇用ボーナスの支給が挙げられている。これは、失業保険の終了の前に就職した場合、特別ボーナスを支給するという制度である。これにより、失業中の職探しに必要な生活保障を維持しつつ、再就職のインセンティブを低下させないことが可能となる。

そろそろ、我々一般労働者も自分たちを一見守るように見える制度が、不適切なものでないか検討すべきときに来ているのかもしれない。