ベーシック・インカムについての個人的見解

Twitterベーシック・インカムの話を書くと、どうにも批判を多く受ける。たしかにベーシック・インカムについて様々な意見を見ると、飯田泰之氏などが主張する月5万円という穏当なものから山森亮氏が主張する月15万円という理解し難いものもあり、単にベーシック・インカムという語を使うのでは、むしろ誤解を招きかねない。そこで、私の主張をきちんと書いておくことにしてみる。

まず、なぜ現状の生活保護制度の推進ではなく、ベーシック・インカムなどの新たな制度を導入する必要があるのか、という点に触れる。

生活保護制度について憲法に「健康で文化的な最低限な生活」と書かれているから当然の権利だ、と述べる人は多いが、同様に日本国民にも「勤労の義務」「納税の義務」が課せられていることからもわかるように、誰でも無条件で貰えるようにはなっていない。基本的に「自立して生活する能力がない人が、自立して生活する能力がある人と同等の生活ができる」ように制度設計されており、当然、この水準を国民全てに提供すれば破綻は免れない。そのため、多くの規則や各自治体での水際作戦を通じて受給者は大きく制限されており、制度上貰える可能性がある総数に対し捕捉率は10〜30%に留まっているのが現状である。

生活保護制度は、その実装からもわかるように合目的的な制度であり、受給する場合、持ち家や自動車の所有が制限されるなど自由を大きく制限される。また、現状の生活保護制度では労働のインセンティブがないため、条件が揃えば自立して生活できる人が生活保護受給者になってしまった場合、(貧困を装ってでも)貧困者に留まり続けてしまうことも考えられる。私が思うに、生活保護制度は、貧困対策としては適切ではなく、障害者福祉同様、特別な境遇にいる人を対象とした合目的的な制度として存続させるべきではないだろうか。

では、貧困対策としてはどのような制度が必要か。それは負の所得税に代表される能力に応じた賃金水準の上昇カーブを描きながら、その賃金水準が最低ライン以下にならない制度である。所得税免除金額の制限がインセンティブを阻害し、パート・アルバイトで働く人々の賃金や労働時間に無意味な制約を課してしまっている例からもわかるように、特にこの賃金水準のカーブが労働のインセンティブを阻害しないことは制度設計上、非常に重要なことである。ベーシック・インカムは、累進的な所得税と組み合わせることで、負の所得税の一実装として機能させることができる。しかも、通常の負の所得税で発生する低所得者の所得把握の必要性や事後的な給付による時間差の問題もないという優れた点も持つ。

ベーシック・インカムの話をするとすぐに財源の話になるわけだが、私が思うに月2〜3万円のベーシック・インカムであれば、大半は制度の組み換えで対応できると考えている。ある一定以上の給与所得者については、給付額と同額の増税を実施すれば良いだけである(主婦や子供についても、扶養控除等調整することで対応できる)。生活保護受給者や高齢者についても、生活保護費や年金から同額を差し引くだけ。このような対応を実施することで、ベーシック・インカムの受給者は事実上、制度の間に落ち込んだ貧困者のみに限定することができる。もちろん、それでも10兆円規模の予算にはなるかもしれないが、日本の財政規模を考えれば現実的な金額だろう。

現在の財政状況で10兆円の財源など用意できるのか、という話もあるが、税金とは原則として所得を本人が使うのか政府が使うのかの違いでしかなく、増税すること自体にそれほど大きな問題があるわけではない。高所得者から低所得者への転移であれば、むしろ消費を刺激し、社会の安定化に貢献するのである。ただでさえ、日本の再分配制度は破綻しており、階層によっては再分配後の方が不平等度が上がる状況にあることを忘れてはならない。

しかし、このような話をすると月2〜3万円では暮らせないではないか、という批判が出てくる。ただ、その批判は筋違いである。前出の通りベーシック・インカムは貧困対策であり、対象は自立する能力のある低所得者だ。現在もらっている賃金にゲタを履かせるというのが趣旨であって、この金額だけで生活することを意図しているわけではない。子供を複数人抱えたシングルマザーなど、それ相応の理由があり働くことができないのであれば、堂々と生活保護を受給すべきだろう。また、月2〜3万円があれば、最低限の食住を確保でき、ホームレスが求職活動をする際の基盤にもなる。

おそらく、このように説明しても、そんな水準では駄目だ、と言う人は出てくるだろう。では山森案のように、ベーシック・インカムが月15万円だとするとどうなるか。現実的に財源が確保できないだけではなく、四人家族で月額60万円が支給されることになる。これでは、労働の必要性が失われる水準になってしまう。この政策が継続されるならば、労働者が大幅に減少するだろう。労働がなければ生産もなく税収もなくなる。社会主義国の末路が再現されるだけである。

分配問題についての個人的見解」にも書いたように再分配制度は「個々人にランダムに振りかかる問題であっても、国家全体をおしなべて見れば一定の確率で発生する問題に対する保険」として合理的に構築されるべきであると考えている。実現できないパラダイスを妄想し、悲惨な結末を引き起こすことだけは勘弁頂きたいものだ。