債務問題の争点

債務問題、論点が多すぎることもあり、どうにも議論の争点が定まらない。ひとつには債務問題は「冷たい方程式」上にあり、バラ色の解決策が存在しない、ということがあるのだろう。「消費税を上げるべきだ」という主張が政策の争点になっていることもあり、一番よく聞かれる議論であると同時に多くの経済学者の主張でもあるが、不況下での増税は常識的に考えて不穏当であろうし、必要とされる税額は消費税率25%に相当することから、実現可能性には疑問符を持たざるを得ない。

一方で「経済成長すればよい」という議論もある。私個人としては、まともな論者がこのような主張をしているのを見たことはないので、藁人形ではないか、という疑念があるものの、まったくいなかったとは言い切れない。経済成長と言っても、均衡成長経路への回帰(=不況の脱却)なのか、高度成長の実現なのか、でまるで違うが、高度成長を実現する方法は誰にもわからない以上、前者であることが多いように思われる。不況の脱出であれば、ビルトインスタビライザーにより減りすぎた税収の回復やケインズ経済学的には景気回復期には成長率ほど金利は上がらないことから、短期間ではあるものの誰も被害を被ることなく債務を削減できることは容易に予想できる。しかしながら、これは短期間の話であって債務の発散を完全に食い止めることは困難であろう。

このことを踏まえると、本来あるべき争点が見えてくる。それはおそらく次のようなものであろう。

  1. 債務の発散を止めずに増税でカバー
  2. 債務の発散を止めて経済成長でカバー

(1) を主張する論者の見解を聞く限り、論者自身は支給額を引き下げるべきだと思うものの現実には不可能であるし、不況からの脱却も実現できる保証がないのだから増税するしかない、という考えのようである。私見であるが、このまま不況が継続することを前提に消費税率25%相当の税率引き上げが可能なのかと問われれば、ギリシャの例を引くまでも困難なことは明らかであり、むしろ破綻への道に自ら誘導しているような気がしなくはない。

(2) を主張する論者はリフレ派に多いとされているが、リフレ派はあくまで金融政策での景気回復を主張する人々に過ぎず、債務問題については一枚岩ではない。ただ、多くに共通するのは「将来的には増税が必要でも、今やるのはナンセンスではないか」という点にあり、債務問題の解決策まで提示している論者は少ないように思う。この「今やるべきか否か」という問題は、小峰隆夫「景気が良くても悪くても消費増税の影響は同じ」にあるような不況下での増税についての議論であり、基本的には債務問題とは切り離して議論されるべきであろう。

個人的には、(2) の論点について取り上げるべきは、原田泰氏と鈴木亘氏の提案であると考えている(残念ながら原田氏の論考は、大和証券のサイトから削除されてしまっているため元の文献を示すことができない*1鈴木亘氏の提案は「ニコ生×Voice「決定版!これで日本の社会保障は甦る」鈴木亘×安達誠司」で閲覧できる(はず)。

原田氏の提案は次のようなものである。

債務問題は発散を止めることが重要である。日本の年金制度は本来の制度趣旨である保険的な部分に加え老人手当と呼ぶべき追加支給を行なっている結果、他国に比べ高めの支給水準になっている。現在の支給水準を実質額で維持しながら、実質成長2%を続ければ、直近数十年は債務が増加するものの、次第に逆転し発散を食い止めることができる、というものである。なぜ、このようなことになるかと言えば、支給水準が実質額で維持される、すなわり社会が豊かになってもその果実は老人に還元しないため相対的に支給水準が下がる、その結果として最終的に税収の伸びが債務の伸びを逆転するからである。

ただし、原田氏自身が言うように成長しても支給水準を上げないという選択は現実的に難しいかもしれない(それもあってか、原田氏は、日本の高齢者は他国に比べて3割程度長生きである以上、支給水準は3割程度削減すべきであると主張している。3割削減しても他国並みの水準とのこと)。

個人的には、前述の原田提案の問題を解消したのが、鈴木亘氏の提案であるように感じている。鈴木氏の提案は次のようなものである。

債務問題の発散は、現在の年金制度が取っている賦課方式や老人手当にある。しかも、このまま負担だけを増やしてしまえば、現在の勤労世帯以下の年代は納付分すら戻ってこないという年金制度の下での生活を余儀なくされる。年金制度を保険とするならば破綻しているとしか言いようがない。では、どのようにするか。積立方式に移行し、納付額と支給額を均衡させる。納付額と支給額が均衡すれば債務の発散は食い止められる(しかも、これは年金制度の本来の制度趣旨を満たしている)。しかし、これでは現状の累積した債務は解消できないので、これは別会計にして長期で返済する。

原田提案と合わせて考えれば、積立方式に移行しつつ、累積した債務は経済成長で返済するという案が考えられる。これは実に理にかなった話ではないだろうか。

これが一番適当な解決策であるように私には思われるのだが、いかがだろうか。

*1:[2012/7/8追記] 読んだ文献とは異なるが、この資料に記載があるようだ。