国民災害保険設立のお願い

東北地方太平洋沖地震により発生した東日本大震災は、現時点で死者・行方不明者2万人を超える大惨事を引き起こした。私自身は九州出身東京在住ということもあり、今回の震災で知己の人が巻き込まれることはなかったが、現地に検死に行かれた方のブログ生還した南三陸町町長の話など読むと多くの人が無念にも亡くなられたという事実に語る言葉が思いつかない。

Twitterのタイムラインを眺めていると、政府の無策を責める声も増えてきているように感じる。しかしながら、この記事から伺えるように、今回の震災は本当に1000年に一度の大災害であり、ギネス認定された大堤防を持つ釜石市津波災害のモデル地区だった南三陸町など万全の準備を行っていたはずの場所さえ壊滅し、東北、北関東という広域に渡って被害が発生している状況を考えれば、現政権の対応は最善を尽くしていると言うべきである。ただし、これは民主党政権が優秀だったというよりも、おそらく阪神淡路大震災の経験から災害対策マニュアルの整備が整っていたからであろう。

悲劇はすでに起こってしまった。重要なことは、同じ失敗を繰り返さないことだろう。一度目は災害でも二度目は人災である。

今回の大震災の特徴は、災害自体を食い止めることが極めて難しいことである。この週末、伊豆半島の伊東に行ったのだが、伊東も海に面した町であり津波対策として防波堤に囲まれている。それらの高さはせいぜい6メートル程度だ。おそらく、今回被害を受けた町々も同様だろう。しかしながら、今回の震災で発生した津波は15メートルにもなっておりとうてい対応できない。だからといって、この高さに対応できる防波堤を作ったならば、日本中の海岸線を万里の長城で囲み要塞化するような事態になる。当然、陸地からは海を眺めることもできず、環境にも大きな影響を及ぼす。現実的な対応とは言いがたい。

この前提においては、災害が起こることを前提として対策に取り組まねばならない。ひとつには、さきほどの記事にあるように、人的被害を減らすための緊急連絡網や避難場所の整備がある。そして、もうひとつは、災害復興への備えであろう。すでに幾人もの経済学者から復興費用は15〜30兆円は必要であるとの試算が出ているが、その支出は予定されたものでない以上、増税財政赤字中央銀行の引受のいずれかの方法でまかなう必要がある*1

たしかに今回の災害においては事前の備えがない以上そのようにするしかないが、もし災害復興費用の積み立てがあれば政治状況によらず支出が可能となる。すなわち国民災害保険の設立である。30年に1回、20兆円規模の被害が出ると考えると、国民一人当たり概ね月500円程度の負担となる。

保険であれば民間保険があるではないかという考えは当然ある。だが、今回のような大災害に出会う機会はめったになく、人生設計に組み入れるのは極めて難しい。結果的に誰も加入せず、誰も救われないという結果になりかねない。このような保険は、国民全加入において運用される必要がある(できればベーシック・インカムからの強制徴収とするべきである)。

また、死者ではなく生者に対する保険でなければならない(あくまで生き残った人々に人生をやり直させるための保険であって、不幸への対価であってはならない)し、あくまで現状回復を目的とし、災害前の資産を元に戻すために必要な金額を支給すべきである(これは支払金額が一定であることを考えると不公平な制度ではある。ただし、著しく高価な資産に関しては自ら民間保険に入れるべきであろうから、例えば5000万円程度を支払上限に設定するのはよいことかもしれない)。

人によっては、すでに各種被災者支援の枠組みがあるではないか、という意見もあるだろう。しかしながら、政府の支援となると、どうしても「援助」という考えが出てしまう。額が小さかったり、出し渋りがあったり、用途が限定されたりする。それに対して保険であれば、支払いは当然の権利を行使したまでであり、社会的な議論や国会での議論を介さず、必要な金額を早いタイミングで受け取ることができる。

このような保険制度設立に対する最も重要な批判は、モラルハザードの発生である。保険で災害復興費用がまかなわれるならば、誰も災害対策にお金を費やさないかもしれない。家を建てるとき耐震設計をしない、津波の多発地帯に引っ越すなど、である。しかしながら、現実に起こった災害を見ると、このようなモラルハザードは起こりそうにないように見える。耐震設計を軽んじれば、災害復興の前に死んでしまうかもしれない。今回の災害でも多くの方が津波に巻き込まれ溺死している。阪神淡路大震災が起こった神戸は長らく地震の無かった土地であり、モラルハザードからその土地に建物を建てたわけではない。

国民災害保険に限らず、今回の震災の教訓が次の大災害に間に合いよい結果をもたらすことを祈る。

*1:これは本論ではないが、中央銀行の引受が一番現実的な策である、と思う。これはリフレ派だからとは関係なく、デフレ状況であることを踏まえればインフレ税による方法がもっとも景気や財政への悪影響を抑えられると考えられるからである。