骨太の一冊「リフレが日本経済を復活させる」を読む

「ここからだと、あの株価が蜃気楼の様に見える。そう思わないか」

「たとえ幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人々がいる。それともあなたにはその人達も幻に見えるの?」

アベノミクスことリフレ政策の影響で円安・株高が続いておりますが、当然のように「株高は幻想」であり「景気はすぐに下降」するし、「給料だって上がらない」とおっしゃる方々が出てきています。すでに、「リフレ政策でハイパーインフレ」であるとか「リフレ政策で金利が急上昇」という批判が大ハズレしている状況ですが、こちらも明るいニュースがぽつぽつと出てきておりそうした予想はハズレそうな状況のようです。

株価が景気の先行指標であるのに対し、インフレ率、賃金、失業率といった指標は遅行指標として知られており、遅れ自体は不思議ではない。特に賃金に関して言えば、流動性が高い非正規雇用の方が早く上がるのに対し、年に一度しか給与改定がない正社員の場合、景気上昇→利益上昇→賃金上昇といった形で結構な遅れが発生するわけです。私のいるSI業界などは、顧客企業の利益上昇からプロジェクト開始となることも多く、さらに遅れるかもしれません(逆にリーマン・ショックの時もSI業界の業績悪化は一年ほど遅れた感もあり、必ずしも悪いことばかりでもないですけれども)。

さて、そんなリフレ政策に興味を持ったあなた! ……には、微妙におすすめできない*1のですが、本日紹介する本は、「半信半疑でリフレ政策の成り行きをに見守ってたけど、そろそろ転向しようかな、と思っている人」「リフレ本なんて読み飽きたよ―、と思っている人」にオススメしたい骨太の一冊です。

この本は、「リフレ」と名打たれていますが、その内容は「金融政策とその周辺」についてのトピックについてリフレ関係の論者が起稿したものとなっており、「第4章 資産市場はどのように実体経済を動かすのか」のようにファイナンシャル・アクセラレーターのコンパクトな解説や「第6章 財政政策は有効か」のように論争的な内容も含まれた刺激的な一冊になっています。

あとがきを読むと書かれていますが、もともと、この本は「誤った金融政策を糺すために生涯をかけて戦われた故岡田靖氏を追悼するために企画されたもの」だったようです。なるほど納得、本文では直接的に岡田靖さんこと銅鑼さんへの直接の言及はほとんどありませんが*2、ある意味、銅鑼さんの好みそうな百花繚乱な内容になっています(そして、執筆者にもいちごびびえす掲示板に出入りしていた人がちらほらと)。

いちごびびえすと言えばリフレ派の巣窟というイメージですが、実際に扱われていた話題は多岐に渡っていましたし、(過去ログがなく私は読んでないのですが)2編(MegaBBS)時代には、リフレ政策の是非自体も激しく議論されていたようです。

経済学の教科書は無味乾燥なものが多く、近年特に理論寄りになっていることもあり、それらを読んでいるだけでは、社会主義計算論争のように過去の大論争の話題など絶対に辿りつけないように思えます。もちろん、そこで議論された内容自体は今となっては重要ではないかもしれませんが、昔の賢人たちがどのような考えをもっていたのかを知ることは楽しいことですし、若手の経済学者が「新しい経済学の発想」と呼んでいたものが、大昔の経済学者のアイデアをうまく理論化しただけで、実のところ発想と結論は昔から知られていたなんてこともあるかもしれないしね。

閑話休題。特に興味深かった章をピックアップして感想をば。

「第1章 デフレの即効薬は金融政策」は、浜田宏一先生の「アメリカは日本経済の復活を知っている」のダイジェストといった面持ち、内容的には教科書的な学部マクロ経済学をベースに書かれているので、RBC以降の経済学じゃないと受け付けない人たちはきっと怪訝な顔するんだろうなぁ、とは思う。しかしながら、この章で一番学ぶべきことは「経済学者の仕事は、人々を救うことなんだよ!」という浜田先生の熱い経済学者魂なわけでして。

「第2章 金融政策はストック市場からどのように波及するか」は、「円高の正体」の安達誠司さんによる、リフレ政策がどういう経路で景気に影響を与えるのか、という解説。個人的には議論が錯綜しててわかりにくいように感じたのが残念。金融政策→期待インフレ率の上昇→実質金利の低下→資産価格(株価など)の上昇→トービンのq→企業の設備投資が加速→GDPギャップの縮小→インフレ率の上昇 という経路での説明だと思うのだけれど、一番重要な章だけに、図だけでなく、もう少し順序立てて説明してほしかった気がする。ポートフォリオ・リバランスなど「デフレの経済学」で述べられた各種波及経路との関係まで踏み込んでの説明が読みたかったけど、ページ数的に難しいかな。第4章との関連性もこれを読んだだけだとよくわからない。

「第3章 貨幣がなぜ実質変数を動かすのか」は矢野先生による現代的なマクロ経済学から見たリフレ政策擁護論。いきなり、銅鑼さんによる「ハーンのパラドックス」の説明から入るのが面白い。第2章でも触れられているけれど、長期での貨幣の中立性に関しては、全経済学者の合意事項と言っても過言ではない(データ見れば否定しようないもんなぁ)。で、問題は短期。この章での論点は「RBCは駄目だったけど、どうやってケインズ経済学に立ち返るか」。

ツィッターのTLでリフレ派の人をフォローしてみるとDSGE批判は昔から多くある*3いちごびびえすでもザモデルの登場以来、その取扱いは常に議論となっていた。海外でもリーマン・ショックにうまく対応できなかったことから、クイギン「ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想」での批判やノアピニオン氏による批判などしばしば見かけることがある。ケインズ経済学でいいじゃん、という人も多い。実際問題、RBCやDSGEの普及が遅れケインズ経済学全盛だったなら、とうの昔に経済学者の意見は集約できてたとは私も思う(だって、起こってるように見える現象はケインジアン的な不況そのものだし、解決方法なんて財政政策と金融政策しかないわけだから)。

とはいえ、細かく見ていくと問題もいっぱいあるよ、という事実は事実として認識しなければならない。ケインズ経済学批判としては長期に接合できない、というのは筋の悪い批判だと思うけど(だって短期のモデルだし)、矢野先生の解説する「実証研究では、名目賃金ではなく、実質賃金が硬直的」という話はたしかに気になるところ。「モデルに価格の硬直性や実質賃金の硬直性を入れても失業が発生するとは限らない」など、失業のメカニズムはいまだ明確とは言い難いみたい*4

本章では、この後、ニュー・ケインジアンの説明に入るが、後はお馴染みの話なので割愛。個人的には、新しいマクロ経済学を使う経済学者間での争点の解説なんかも読みたかったです。よく読むと、期待が発生する確実な方法はないから効かない、とか意外に理論的でないところが論点だったりする気もするけど、そこが明確になるような論説って意外にないんだよなぁ。

「第4章 資産市場はどのように実体経済を動かすか」は、他の章とはちょっと毛色が違うファイナンシャル・アクセラレーター(FA)とバブルの解説。FAは概略くらいしか知らず、あまり良い論説に今まで出会ったことがなかったので、とても興味深かったです。第2章と第4章で整合性とってひとつの章になるとすごく良い気がするんだけど、そこら辺が残念なところ(編著本なので仕方ないところではありますが)。

バブルの解説も今風にアップデートされててすばらしい。いちごびびえすの頃の議論だと「今がバブルであるかは誰にもわからない」だったんだけど実験経済学方面では割と早い時期から「今がバブルであるとわかっていても転売が期待できれば崩壊しない」という議論があって、個人的にも当時の光通信とかバブル以外の何ものでもないじゃん、とか思っていたので、懐疑的だったんですよ。

規制や課税でバブル資産への過剰投資を防ぐって話は当時も言われていた話で個人的には納得感ありました。結局、金融政策でバブル潰しをすると牛刀をもって鶏を割くような結果をもたらしちゃうんでよくないよなぁ、と。サムナーのNGDP目標論に従って金融政策は動かさず、バブル潰しは規制・課税で部分的に対応すべきなんだと思う。

あと、緩和的な金融政策がバブルをもたらす、という論点は、その通りだとは思うものの、インフレ目標など金融政策スタンスとの組み合わせを考えるとどうなるんだろう、と思ったりも。

「第6章 財政政策は有効か」は、最近、飯田先生が猛烈にプッシュしている「土木建設業の供給制約仮説」の詳細な解説。財政政策の取り扱いについては、リフレ論者でもすごく意見が割れている。日本でも人気の高いクルーグマンスティグリッツが積極財政を勧めている(ローマーもやれと言っている)ことを考えれば、それも当然ではあるのだけど。

ただ、いちごびびえすでの議論を追っていると、1990年代はだいたいみんな財政政策を押してて、それでイケると思っていたのに、小渕内閣までの結果を見ると思ったほど効果が出てないことにショックを受けリフレに転ぶという流れがあるように見受けられるんですよね。当時の財政政策についての認識は「論争 日本の経済危機」に詳しいけれど、賛成派も反対派も財政政策が予想外に効かなかったということに関しては意見の一致を見ていて、それでもやるべきか否かが論点になってしまっていたりする。

先日の朝生で飯田先生が「財政乗数なんて行って来いの効果しかない」と発言し微妙に波紋を広げているわけですが、特定の状況下でなら乗数上がるという話もあるものの、乗数1以下も十分あり得る状況ではおすすめしにくいのも確かな話ではある。

本章では「中立命題・非ケインズ効果」、「マンデル・フレミング効果によるクラウディング・アウト」という財政政策の効果低迷の原因とされる二つの理論について根拠を示しながらその影響ではないと否定しており、その点についても独自性ある論説になっている*5

財政政策に関しての個人的な思いを言うと、公共投資は必要なものに限って、景気対策としては新規雇用者については3年程度給料の3割を企業側に補助みたいな政策の方がいいんじゃないのと思ってます。いくらリフレ政策が効果的とは言っても失業率はすぐには改善しないし、履歴効果による生産力の毀損もきっと大きくなっているだろうから、そこら辺をブーストする形の財政政策に焦点を絞ったらいいんじゃないかなぁ、と。

*1:入門ならば、安倍政権のブレーンとなっている浜田宏一先生の「アメリカは日本経済の復活を知っている」であるとか、先日、日銀副総裁に就任した岩田規久男先生の新著「リフレは正しい アベノミクスで復活する日本経済」などをオススメすべきでしょうね……

*2:矢野先生が裏話を語ってくださったのでまとめました http://togetter.com/li/481241

*3:そして、その一部は私自身だったりもするけど。

*4:だからと言って齊藤誠先生のように「非自発的失業など存在しない」と言う言説は単に事実を捻じ曲げているようにか思えないけれども

*5:マンデル・フレミング理論についての誤解の話、どっかのタイムラインですごく見覚えがあるんですが……