消費税の逆進性について

unrepresentative agent の税の逆進性についての記事を受けて思っていたことをメモ(ただし、それほど興味はないので、強く反論したいわけではない)。

  • 生涯消費に対して一定割合を課税するすることが「公平」であるというのは、他の条件が一定であるならば、という前提がある。人は生まれながらに平等ではないし、人の能力や生涯所得は生まれに大きく左右される。そのため、生涯消費に対して一定割合を課税するすることは現実には「公平」ではない。どちらかと言えばインセンティブを歪めにくいという意味で「効率的」と呼ぶに留めるべきだろう。書かれているように社会保障でも構わないが、何らかの是正措置は組み込む必要がある。
  • 累進課税のような税を歪めることでの再配分よりも、社会保障の方が優れているとは必ずしも言えない。なぜならば、大部分の社会保障は、後から給付されるためである。例えば年間所得に対して給付を行なうような制度を実施すると、先に餓死して後から給付が行われることにもなりかねない。これに対応するためには、ベーシック・インカムのように先に給付を行なう制度を導入する必要がある。そのような制度の存在なしに累進課税を減らすことはただの愚策である。とはいえ、ベーシック・インカムのような広く薄く給付する仕組みでは、金額面で差を調整するのが難しく、消費税と給付だけで現在の累進制度を模倣するのは困難ではないかと思う。
  • 所得より消費に課税する方がよい、という考えは「所得は労働に課税することで労働という良い行動を減らす方向に作用すると同時に、消費という自身の快楽に対して課税する」のだから理に叶っているという発想が背景にある。しかしながら、実際には人は「より稼ぐことで良い生活をしたい」という欲望のため、労働に課税をしても労働供給はほとんど変わらないという話もあるようだ。そのため、所得より消費に課税する方が良いとは必ずしも言えない。また、消費税が本当に人々のインセンティブを歪めていないのかも、実験し確かめる必要があるだろう。
  • 所得税をゼロにし、消費税のみで税を徴収する場合、日本で労働して賃金を稼ぎ、消費税が存在しない外国で消費することで簡単に脱税が可能となる。税は日本での生活に対して課されるものであるので、税の徴収は滞在している期間に日本国に滞在することによって得られた収益に対して課税がなされるのが望ましい。期間の対応を考えれば出口(=消費税)ではなく入口(=所得税)で徴収することが望ましいとも言える。ただし、家計全体で見れば、GDPに占める消費の割合は安定的であるので、全体としてはそれほど問題ではないかもしれない。
  • 消費税が景気に左右されないということは、ビルトイン・スタビライザーが有効に機能しなくなることの裏返しでもある。ただし、私は減税による財政政策の効果には否定的なので、これがそれほど重要な問題とは思わない。
  • そういえば、人は一時的な幸・不幸に対しては、しばらくすると元の状態に戻ってしまう、という話もある。そう考えると、毎日消費税を取られるという不幸が細かくやって来るより、一年に一度一括で支払えるような仕組みの方がより良いのかもしれない。

などなど踏まえ、私は累進包括消費税+ベーシックインカム派だったりするんだけどね。

Chrome のイケてないところ

Chrome というか webkit というか blink のイケてないところなんだけど、アレだけウェブ標準ガー、と言いつついまだにCSS2レベルでも対応してない動作がいくつかあり困ってしまう。

具体的には以下の問題がある。

  • テーブル列を非表示にする visibility: collapse をサポートしてない(IE8以降でもサポートしてるのに……)
  • display: inline-block を入れ子にしてコンテンツの横幅を変えても、親要素の横幅が正しく変わってくれない(IE6でさえ正しく動作する)。

個人的には ime-mode に対応するつもりがないのも困ってしまう。たしかに ime-mode はCSS標準からすると当面標準化される予定のない機能ではあるのだが、日本では重要な機能であるし、Firefoxも対応している以上、webkitだけが未対応状態となっている。

IEの不具合に対応するのはともかく、先進的な実装をうたうChromeFirefoxのために条件文を入れるのは将来互換性が崩れる可能性が出てくるのでやりたくないんだけどなぁ。

[追記] 後者の問題は、内側のボックスを -webkit-inline-box にすることで回避した。

XMLICというライブラリをリリースしてみた

つい先週、XMLICというライブラリをリリースしました。

XMLIC - jQuery like DOM traversal and manipulation API

名前を見ただけだとJSONICXML版のように思われるかもしれませんが、実体はXML専用のJavajQueryという代物です。こんな感じで使えます。

XML.load(new File("test.xml"))
    .find("div[id='foo']")
    .append("<span>ほげほげ</span>")
    .attr("id", "bar");

最初期の構想ではJSONICっぽいXML用のライブラリがほしいというところに主眼があったのですが、XMLとクラスによる木構造の不整合がありすぎて逆に不便だということに気付いてやめてしまいました。

世の中にはXMLを扱うAPIが大量にあるのに、なぜ今更? という疑問を持たれるような気もしますが、もちろん理由があります。

XMLJSONもデータ構造を表現するという意味では同類のように思われているけれども、XMLは属性や順序、同一要素の繰り返しがあるので、クラスによる木構造にうまくマッピングできません。このため、JAXBのようにアノテーションを付けまくる必要がでてきますし、どういう風にマッピングするか頭を使う必要が出てくるわけです。それに対しJSONは元がJavaScriptだけあって、クラスによる木構造にそのまま落とし込めます。XMLの書式自体は人間に馴染み良いですが、プログラマにとってはとても扱いにくいのが現状です。

Java用のXMLライブラリとしてはすでに標準DOM APIの他にDOM4J、JDOM、XOMがありますが、標準DOM APIがあまりJavaライクじゃない、という問題に対応することに主眼があるため、「XMLが扱いにくい」という点はほとんど改善されていません。

一方で、JavaScriptの世界には、jQueryという圧倒的なシェアを持つDOM操作ライブラリが存在しており、XML特有の複雑さを集合に対する処理として取り扱うことで圧倒的な簡単さを実現しています(とっつきは悪いかもしれませんが)。

実のところ、すでにjQueryJava移植版ライブラリは複数あります。もっとも広く認知されているライブラリは jsoup でしょうか。しかし jsoup は HTML に主眼が置かれていてXMLを適切に扱えない(名前空間が正しく扱えない)、jQueryとメソッドが違いすぎるという点で問題がありました(HTMLをJavaから操作するという用途であればとても有用なライブラリだと思います)。

XMLICに近いライブラリとしては、jooxがありますが、こちらも同様に名前空間の取り扱いが適切でなく、ドキュメントが不足していたり、$を使っている点にも問題があります。ソースコードを読んだ感じだと、実装にも不安がありました。

本当は作るつもりはなかったのですが、結局自作するしかないか、ということで必要に迫られて作ったのがXMLICというわけです。今回はJSONICでの教訓を元に最初からテストケースをほぼすべてのメソッドに対し用意したので、品質も安定している(はず)です。

自作したわけだから当然なのですが、これまでJavaXMLライブラリに感じてた不満はかなり解消されており、(用途にもよりますが)結構便利なんじゃないかな、と思っているので、興味のある方は触っていただければな、と。

イノベーションを阻害する品質管理脳の恐怖!

などというあおり気味なタイトルを付けてみたのですが、皆様は新年度をどのようにお過ごしでしょうか。

つい先程「ヤバい経営学」なる本を読み終わったのですが、ちょうど良いタイミングで中央大学竹内健先生のブログでこんな話を読んでしまったわけです。実は似たような話が同書にも書かれていて、これは根拠ない話じゃないなぁ、と。

歴史のある企業では、過去の失敗事例をもとに、様々なルールがある。

でも、ルールをすべて守ると、半導体のチップの面積が大きくなって、コストが増える。

あるいは、設計ミスが無いか、念には念を入れて検証ばかりしていると、設計期間が延びてしまって、市場への製品投入が遅れる。
一方、新興企業だった三星には、そんなルールがない。

結局、ルールにがんじがらめになった、日本の多くの半導体メーカーは敗退しました。

http://d.hatena.ne.jp/Takeuchi-Lab/20130420/1366411326

では、「ヤバい経営学」ではどのような話が書かれていたかというと

経営手法は、組織の機能を改善させるためにある。しかし、実際はただ効果がないだけではなく、予想もしなかったマイナスの結果を生むこともある。……ペンシルバニア大学のマリー・ベンナー教授とハーバード・ビジネススクールのマイク・トシュマン教授は、ISO9000導入企業のイノベーションに何が起きているか調査した。……企業がISO9000を導入すると、既存分野の発明が急激に増えていた。その反面、新しい革新的なイノベーションが犠牲になっていた。ISO9000のせいで「同じような」特許ばかり増えると、全く新しい技術や製品の発明は出てこなくなるのだ。

なぜこういうことが起きるのだろう。それは、ISO9000は、会社が「物事を進める最適な方法」からの逸脱を最小限にするからだ。優れたイノベーションは偶然に発見されることが多い。

と、こんな感じ。実は、以前紹介したHARD FACTSでもこの話題は短いながらも取り上げられていたので、経営学では有名な研究のようです。

昨年、サットンが、イノベーションで有名な会社で講演した。その会社では、その前年に顧客満足度と効率性を上げるためにシックスシグマが導入されていた。サットンは講演の中で、シックスシグマやTQMなどのプロセス改善手法によって、効率は上がるがイノベーションが減ることを指摘した。それに対して、自称「品質管理の鬼」「品質の伝道師」たちがやって来て、シックスシグマはイノベーションも含めた品質の改善に役立っていると反論した。このグルたちは、10年もの経験があり、しかもシックスシグマやTQMがイノベーションに貢献した事例を一つもあげられないのにもかかわらず、そう言い張ったのである。

我らがシステム開発業界も、ISO9000の取得は広く行われているわけですから他人ごとではありません。

ヤバい経営学―世界のビジネスで行われている不都合な真実

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事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

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骨太の一冊「リフレが日本経済を復活させる」を読む

「ここからだと、あの株価が蜃気楼の様に見える。そう思わないか」

「たとえ幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人々がいる。それともあなたにはその人達も幻に見えるの?」

アベノミクスことリフレ政策の影響で円安・株高が続いておりますが、当然のように「株高は幻想」であり「景気はすぐに下降」するし、「給料だって上がらない」とおっしゃる方々が出てきています。すでに、「リフレ政策でハイパーインフレ」であるとか「リフレ政策で金利が急上昇」という批判が大ハズレしている状況ですが、こちらも明るいニュースがぽつぽつと出てきておりそうした予想はハズレそうな状況のようです。

株価が景気の先行指標であるのに対し、インフレ率、賃金、失業率といった指標は遅行指標として知られており、遅れ自体は不思議ではない。特に賃金に関して言えば、流動性が高い非正規雇用の方が早く上がるのに対し、年に一度しか給与改定がない正社員の場合、景気上昇→利益上昇→賃金上昇といった形で結構な遅れが発生するわけです。私のいるSI業界などは、顧客企業の利益上昇からプロジェクト開始となることも多く、さらに遅れるかもしれません(逆にリーマン・ショックの時もSI業界の業績悪化は一年ほど遅れた感もあり、必ずしも悪いことばかりでもないですけれども)。

さて、そんなリフレ政策に興味を持ったあなた! ……には、微妙におすすめできない*1のですが、本日紹介する本は、「半信半疑でリフレ政策の成り行きをに見守ってたけど、そろそろ転向しようかな、と思っている人」「リフレ本なんて読み飽きたよ―、と思っている人」にオススメしたい骨太の一冊です。

この本は、「リフレ」と名打たれていますが、その内容は「金融政策とその周辺」についてのトピックについてリフレ関係の論者が起稿したものとなっており、「第4章 資産市場はどのように実体経済を動かすのか」のようにファイナンシャル・アクセラレーターのコンパクトな解説や「第6章 財政政策は有効か」のように論争的な内容も含まれた刺激的な一冊になっています。

あとがきを読むと書かれていますが、もともと、この本は「誤った金融政策を糺すために生涯をかけて戦われた故岡田靖氏を追悼するために企画されたもの」だったようです。なるほど納得、本文では直接的に岡田靖さんこと銅鑼さんへの直接の言及はほとんどありませんが*2、ある意味、銅鑼さんの好みそうな百花繚乱な内容になっています(そして、執筆者にもいちごびびえす掲示板に出入りしていた人がちらほらと)。

いちごびびえすと言えばリフレ派の巣窟というイメージですが、実際に扱われていた話題は多岐に渡っていましたし、(過去ログがなく私は読んでないのですが)2編(MegaBBS)時代には、リフレ政策の是非自体も激しく議論されていたようです。

経済学の教科書は無味乾燥なものが多く、近年特に理論寄りになっていることもあり、それらを読んでいるだけでは、社会主義計算論争のように過去の大論争の話題など絶対に辿りつけないように思えます。もちろん、そこで議論された内容自体は今となっては重要ではないかもしれませんが、昔の賢人たちがどのような考えをもっていたのかを知ることは楽しいことですし、若手の経済学者が「新しい経済学の発想」と呼んでいたものが、大昔の経済学者のアイデアをうまく理論化しただけで、実のところ発想と結論は昔から知られていたなんてこともあるかもしれないしね。

閑話休題。特に興味深かった章をピックアップして感想をば。

「第1章 デフレの即効薬は金融政策」は、浜田宏一先生の「アメリカは日本経済の復活を知っている」のダイジェストといった面持ち、内容的には教科書的な学部マクロ経済学をベースに書かれているので、RBC以降の経済学じゃないと受け付けない人たちはきっと怪訝な顔するんだろうなぁ、とは思う。しかしながら、この章で一番学ぶべきことは「経済学者の仕事は、人々を救うことなんだよ!」という浜田先生の熱い経済学者魂なわけでして。

「第2章 金融政策はストック市場からどのように波及するか」は、「円高の正体」の安達誠司さんによる、リフレ政策がどういう経路で景気に影響を与えるのか、という解説。個人的には議論が錯綜しててわかりにくいように感じたのが残念。金融政策→期待インフレ率の上昇→実質金利の低下→資産価格(株価など)の上昇→トービンのq→企業の設備投資が加速→GDPギャップの縮小→インフレ率の上昇 という経路での説明だと思うのだけれど、一番重要な章だけに、図だけでなく、もう少し順序立てて説明してほしかった気がする。ポートフォリオ・リバランスなど「デフレの経済学」で述べられた各種波及経路との関係まで踏み込んでの説明が読みたかったけど、ページ数的に難しいかな。第4章との関連性もこれを読んだだけだとよくわからない。

「第3章 貨幣がなぜ実質変数を動かすのか」は矢野先生による現代的なマクロ経済学から見たリフレ政策擁護論。いきなり、銅鑼さんによる「ハーンのパラドックス」の説明から入るのが面白い。第2章でも触れられているけれど、長期での貨幣の中立性に関しては、全経済学者の合意事項と言っても過言ではない(データ見れば否定しようないもんなぁ)。で、問題は短期。この章での論点は「RBCは駄目だったけど、どうやってケインズ経済学に立ち返るか」。

ツィッターのTLでリフレ派の人をフォローしてみるとDSGE批判は昔から多くある*3いちごびびえすでもザモデルの登場以来、その取扱いは常に議論となっていた。海外でもリーマン・ショックにうまく対応できなかったことから、クイギン「ゾンビ経済学―死に損ないの5つの経済思想」での批判やノアピニオン氏による批判などしばしば見かけることがある。ケインズ経済学でいいじゃん、という人も多い。実際問題、RBCやDSGEの普及が遅れケインズ経済学全盛だったなら、とうの昔に経済学者の意見は集約できてたとは私も思う(だって、起こってるように見える現象はケインジアン的な不況そのものだし、解決方法なんて財政政策と金融政策しかないわけだから)。

とはいえ、細かく見ていくと問題もいっぱいあるよ、という事実は事実として認識しなければならない。ケインズ経済学批判としては長期に接合できない、というのは筋の悪い批判だと思うけど(だって短期のモデルだし)、矢野先生の解説する「実証研究では、名目賃金ではなく、実質賃金が硬直的」という話はたしかに気になるところ。「モデルに価格の硬直性や実質賃金の硬直性を入れても失業が発生するとは限らない」など、失業のメカニズムはいまだ明確とは言い難いみたい*4

本章では、この後、ニュー・ケインジアンの説明に入るが、後はお馴染みの話なので割愛。個人的には、新しいマクロ経済学を使う経済学者間での争点の解説なんかも読みたかったです。よく読むと、期待が発生する確実な方法はないから効かない、とか意外に理論的でないところが論点だったりする気もするけど、そこが明確になるような論説って意外にないんだよなぁ。

「第4章 資産市場はどのように実体経済を動かすか」は、他の章とはちょっと毛色が違うファイナンシャル・アクセラレーター(FA)とバブルの解説。FAは概略くらいしか知らず、あまり良い論説に今まで出会ったことがなかったので、とても興味深かったです。第2章と第4章で整合性とってひとつの章になるとすごく良い気がするんだけど、そこら辺が残念なところ(編著本なので仕方ないところではありますが)。

バブルの解説も今風にアップデートされててすばらしい。いちごびびえすの頃の議論だと「今がバブルであるかは誰にもわからない」だったんだけど実験経済学方面では割と早い時期から「今がバブルであるとわかっていても転売が期待できれば崩壊しない」という議論があって、個人的にも当時の光通信とかバブル以外の何ものでもないじゃん、とか思っていたので、懐疑的だったんですよ。

規制や課税でバブル資産への過剰投資を防ぐって話は当時も言われていた話で個人的には納得感ありました。結局、金融政策でバブル潰しをすると牛刀をもって鶏を割くような結果をもたらしちゃうんでよくないよなぁ、と。サムナーのNGDP目標論に従って金融政策は動かさず、バブル潰しは規制・課税で部分的に対応すべきなんだと思う。

あと、緩和的な金融政策がバブルをもたらす、という論点は、その通りだとは思うものの、インフレ目標など金融政策スタンスとの組み合わせを考えるとどうなるんだろう、と思ったりも。

「第6章 財政政策は有効か」は、最近、飯田先生が猛烈にプッシュしている「土木建設業の供給制約仮説」の詳細な解説。財政政策の取り扱いについては、リフレ論者でもすごく意見が割れている。日本でも人気の高いクルーグマンスティグリッツが積極財政を勧めている(ローマーもやれと言っている)ことを考えれば、それも当然ではあるのだけど。

ただ、いちごびびえすでの議論を追っていると、1990年代はだいたいみんな財政政策を押してて、それでイケると思っていたのに、小渕内閣までの結果を見ると思ったほど効果が出てないことにショックを受けリフレに転ぶという流れがあるように見受けられるんですよね。当時の財政政策についての認識は「論争 日本の経済危機」に詳しいけれど、賛成派も反対派も財政政策が予想外に効かなかったということに関しては意見の一致を見ていて、それでもやるべきか否かが論点になってしまっていたりする。

先日の朝生で飯田先生が「財政乗数なんて行って来いの効果しかない」と発言し微妙に波紋を広げているわけですが、特定の状況下でなら乗数上がるという話もあるものの、乗数1以下も十分あり得る状況ではおすすめしにくいのも確かな話ではある。

本章では「中立命題・非ケインズ効果」、「マンデル・フレミング効果によるクラウディング・アウト」という財政政策の効果低迷の原因とされる二つの理論について根拠を示しながらその影響ではないと否定しており、その点についても独自性ある論説になっている*5

財政政策に関しての個人的な思いを言うと、公共投資は必要なものに限って、景気対策としては新規雇用者については3年程度給料の3割を企業側に補助みたいな政策の方がいいんじゃないのと思ってます。いくらリフレ政策が効果的とは言っても失業率はすぐには改善しないし、履歴効果による生産力の毀損もきっと大きくなっているだろうから、そこら辺をブーストする形の財政政策に焦点を絞ったらいいんじゃないかなぁ、と。

*1:入門ならば、安倍政権のブレーンとなっている浜田宏一先生の「アメリカは日本経済の復活を知っている」であるとか、先日、日銀副総裁に就任した岩田規久男先生の新著「リフレは正しい アベノミクスで復活する日本経済」などをオススメすべきでしょうね……

*2:矢野先生が裏話を語ってくださったのでまとめました http://togetter.com/li/481241

*3:そして、その一部は私自身だったりもするけど。

*4:だからと言って齊藤誠先生のように「非自発的失業など存在しない」と言う言説は単に事実を捻じ曲げているようにか思えないけれども

*5:マンデル・フレミング理論についての誤解の話、どっかのタイムラインですごく見覚えがあるんですが……

解雇規制緩和についての疑問

どうも日本の経済学者は解雇規制緩和が大好きなようなのだが、実のところそれほど根拠があるようにも見えない。きっと異論もあるだろうけれども、だいたいこんな感じの話なんじゃないの、と思ってることを書いてみようと思う。

経済学者が解雇規制緩和を好意的に扱ってしまうのは、市場主義は善であるという古典派的発想、あるいは、労働市場の硬直性が不況をもたらすというケインジアン的な概念のいずれかがベースにあるのだろうとは思う。しかし、「労働市場流動性が低い」という話から「解雇規制緩和が必要」という結論に安易に飛びつきすぎのように感じる。労働市場流動性が低い場合、解雇規制緩和のような雇用者側の制度改定だけでなく、労働者側に流動性を高めるインセンティブを付与するという方法もあるし、自由意思を尊重するという経済学の根底にある哲学を鑑みればそちらの方がより適当ではないだろうか。

具体的には、転職しても不利にならない年金制度への移行や病気や出産などで年単位での休暇をとっても不利益を被りにくくする制度の充実などが挙げられるだろう。個人的にも、転職がしやすくなる意味で労働市場流動性が高まるのであれば、会社内の風通しも良くなることが予想されるし、再チャレンジを容易にするという意味でも歓迎すべきことのように思う。

しかし、現在のように労働市場の需給が十分にマッチしていない状況で解雇規制を緩和すれば失業が増えることが容易に想像できる一方、経済が著しく効率化されたり景気が回復したりする証拠は十分にないように思える。リーマン・ショック後の状況がそうであったが、欧米のように日本と異なる解雇規制を持つ国々であっても同じように不況が発生している点を見ても、解雇規制のような瑣末な話で解決できるような問題とは思えない。端的に言って、賃金や雇用といった人間が関係する諸制度は、現実空間ではそもそもの話として効率化が困難(賃金はせいぜい年一回しか変わらないし、解雇と雇用が日単位で決定されるようなこともないし、失業者という在庫を廃棄することもできない)なのであって、そこに解決方法を求めても根本解決は不可能であろうと思う。

雇用の流動化は、景気が回復し需給がタイトになり、正規雇用、非正規雇用というふたつの生き方が選択肢として釣り合う状況になったとき、放っておいても勝手に実現するだろう。そして、その状況にしたければ、労働市場を直接的に操作するよりも、金融政策によって資本市場を操作する方が遥かに簡単なのである。

日本の『復活の日』

本サイトでは、長い間「インフレ目標2%」といったリフレ政策を通じての景気回復策を主張してきた。「良い円高・良いデフレ」を信仰する速水優総裁時代、「インフレ目標は魔法の杖ではない」と導入を否定しゼロ金利を解除した福井俊彦総裁時代、「デフレは金融政策が原因ではない」と在任時一貫してデフレを維持し円高を放置した白川方明総裁時代。とても不幸な時代が続いたが、それも昨日で終わった。

黒田東彦氏は財務省出身でありながら、古くからのリフレ政策の主張者であるし、岩田規久男氏は、日本における金融政策の問題をいち早く指摘し、一貫して金融緩和を主張し続けていたリフレ政策の第一人者である。インフレ目標政策を主張するバーナンキFRB議長となり、名目GDP目標の導入を主張するカーニーがイングランド銀行総裁になるご時世を考えれば、遅すぎると言えるかもしれない。ただひとり、経歴を考えれば戦犯と言うべき中曽宏氏が入っているのは気がかりだが、当面はおとなしくしているだろう。

日本がかつての輝きを取り戻せるかはわからない。だが、停滞からの脱却は確実に起こりそうである。しばしば、お金を増やしただけで成長するはずがない、といった批判を目にするが、実体は逆なのではないか。たかが「金融政策に好意的な政権が樹立する」と期待されるだけで大幅な株高が続き、一方で低金利が続く。ということは、日本のデフレに親和的な金融政策は、日本の成長にとってボトルネックになっていたのだろう。酸素の薄い部屋で体を鍛えろと言われているが如し。酸素濃度が高すぎれば酸素中毒になる、からと言って、酸素が少なすぎれば呼吸困難に陥ってしまう。

今回、合わせて日銀法が改正されないことは大変残念であるが、現在の強い独立性に守られた立場は、やる気のある執行部にとってはむしろ望ましいかもしれない。とはいえ、今だに強く残る知的階層のデフレ志向を考えると、5年後に逆戻りすることないよう、制度としてのインフレ目標(あるいは名目GDP目標)を確立することが重要だと考える。黒田総裁反対に廻った点を残念に思うものの、みんなの党などには引き続き頑張って頂きたい。

おそらく後世の歴史には、昨日が日本経済の転換点として記憶されるだろう(それとも、高橋是清がそうであったように、歪んだ姿で記憶されるであろうか)。

細かい心配ごとはあるけれども、めでたい出来事は素直によろこぶべきであろう。天国の銅鑼さんに乾杯!